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東京高等裁判所 平成6年(ネ)2188号 判決 1995年3月29日

主文

一  原判決中、一審被告株式会社デイリースポーツ社及び一審被告株式会社日刊スポーツ新聞社の各敗訴部分を取り消す。

一審原告の一審被告株式会社デイリースポーツ社及び一審被告株式会社日刊スポーツ新聞社に対する請求をいずれも棄却する。

二  一審原告、一審被告株式会社スポーツニッポン新聞東京本社及び一審被告社団法人共同通信社の本件各控訴をいずれも棄却する。

三  一審原告と一審被告株式会社デイリースポーツ社及び一審被告株式会社日刊スポーツ新聞社との間においては、第一、第二審の訴訟費用をいずれも一審原告の負担とし、一審原告と一審被告株式会社スポーツニッポン新聞東京本社及び一審被告社団法人共同通信社との間においては、控訴費用を各自の負担とする。

理由

【事実及び理由】

第一  控訴の趣旨

一  一審原告

1 原判決を次のとおり変更する。

(一) 一審被告株式会社日刊スポーツ新聞社(以下「一審被告日刊スポーツ」という。)及び一審被告社団法人共同通信社(以下「一審被告共同通信社」という。)は、一審原告に対し、各自金五〇万円及びこれに対する昭和六〇年九月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(二) 一審被告株式会社デイリースポーツ社(以下「一審被告デイリースポーツ」という。)及び一審被告共同通信社は、一審原告に対し、各自金五〇万円及びこれに対する昭和六〇年九月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(三) 一審被告株式会社スポーツニッポン新聞東京本社(以下「一審被告スポーツニッポン」という。)及び一審被告共同通信社は、一審原告に対し、各自金五〇万円及びこれに対する昭和六〇年九月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は、第一、第二審とも一審被告らの負担とする。

3 仮執行宣言

(一審原告は、一審被告らに対する請求を右1(一)ないし(三)の金額に減縮した。)

二  一審被告共同通信社

1 原判決中、一審被告共同通信社敗訴部分を取り消す。

2 一審原告の一審被告共同通信社に対する請求を棄却する。

3 訴訟費用は第一、第二審とも一審原告の負担とする。

三  一審被告スポーツニッポン

1 原判決中、一審被告スポーツニッポン敗訴部分を取り消す。

2 一審原告の一審被告スポーツニッポンに対する請求を棄却する。

3 訴訟費用は第一、第二審とも一審原告の負担とする。

四  一審被告デイリースポーツ

1 原判決中、一審被告デイリースポーツ敗訴部分を取り消す。

2 一審原告の一審被告デイリースポーツに対する請求を棄却する。

3 訴訟費用は第一、第二審とも一審原告の負担とする。

五  一審被告日刊スポーツ

1 原判決中、一審被告日刊スポーツ敗訴部分を取り消す。

2 一審原告の一審被告日刊スポーツに対する請求を棄却する。

3 訴訟費用は第一、第二審とも一審原告の負担とする。

第二  事案の概要

原判決四枚目裏七行目の「殴打事件」を「ロス疑惑殴打事件」に改め、同九行目の「負傷したという事件」の次に「。以下単に『殴打事件』という。」を加え、同六枚目表四行目の「離婚」を「別居」に改め、同一〇行目の「隠していた」の次に「(52ころ)」を加え、同七枚目表一行目の「吸引者」を「吸飲者」に改め、同二行目の「社会部記者の談話として、」を削り、同八行目の「新聞記事」の次に「及び本件配信記事」を、同九行目の「として、」の次に「一審被告らが」をそれぞれ加え、以下のとおり当事者双方の当審における主張を付け加えるほかは、原判決「事実及び理由」の第二に摘示のとおりであるから、これを引用する。

一  一審原告

1 一審被告共同通信社は、本件配信記事が配信された昭和六〇年九月一七日の三日前である同月一四日に、「A子が一審原告と結婚して同居していた際にガス事故を装って命を狙われたことがあり、A子は、その後一連のロス疑惑が発覚した後も、一審原告が逮捕されるまでは、もしこの事実を口外すれば一審原告が仕返しに来るかもしれないという不安に襲われる毎日だったと関係者にもらしている。」との内容の配信記事を全国の加盟報道機関に配信している。このことからも、A子が一審原告に恨みを抱いて虚偽の供述をしたことは明らかであり、A子から本件配信記事の内容について裏付け取材した小山記者もこのような事実を知り得たはずである。また、小山記者が警察に対してした裏付け取材の内容も明らかでない。したがって、一審被告共同通信社がA子の供述内容を真実であると信じたことについては相当な理由がないというべきである。

2 人の名誉を毀損する記事を掲載して頒布した新聞社が、その記事が通信社より配信されたものであるが故にその責任を免がれ得ることは、不合理である。一審被告新聞社らは、通信社からの配信記事についても独自に裏付け取材を行うべきであり、そのような裏付け取材ができることは、一審被告新聞社らが多くの独自取材記事をその新聞紙に掲載していることからも明らかである。

二  一審被告共同通信社

1 本件配信記事には、一審原告の昭和五二年ころにおける大麻所持の事実を警視庁特捜本部が突き止めていたとは書かれていない。そして一審原告が昭和五六年ころに大麻を所持していた事実があることは、一審原告自身が認めているところであるから、本件配信記事は一審原告の名誉を毀損する内容のものではない。

2 一審原告が大麻を所持し、吸飲していたことは、一審原告自身が昭和六〇年に雑誌の中で執筆し、公表していたところであるから、一審原告は、大麻の所持及び吸飲に関する名誉を放棄したものというべきであり、本件配信記事は一審原告の名誉を毀損していない。

3 一審原告が大麻を所持し、吸飲していた事実は、一審原告による右雑誌執筆の事実に加え、他の雑誌で報道・公表されていたことから、一審原告の大麻との関わり合いに関する名誉は著しく低下していたものというべきであるから、本件配信記事は、新たに一審原告の名誉を低下させるものではない。

三  一審被告スポーツニッポン

1 一審原告は、法廷等において大麻との関わり合いを認めており、関係各証拠によれば、その時期は昭和五一、五二年ころからと認められるから、A子の証言内容は真実である。

2 一審被告スポーツニッポンの本件新聞記事が一審原告の名誉を毀損する内容であるとしても、一審原告は、その後の法廷等において大麻との関わり合いを認めているから、右名誉毀損による一審原告の損害は消滅ないし著しく減少しているものであり、一審原告の本訴請求は権利の濫用に当たるというべきである。

3 一審被告共同通信社の配信記事は信頼性の高いものであり、これをそのままゆがめることなく新聞紙に掲載することが、一審被告共同通信社と配信契約を締結している加盟報道機関の報道体制の原則であり、配信契約の趣旨とするところでもある。一審原告と大麻との関わり合いが公表されていた段階で、信頼性の高い通信社から配信記事が送られてきたのであるから、一審被告スポーツニッポンが本件配信記事の裏付け取材を自らしないで真実と信じたことについては、相当の理由がある。

4 一審被告スポーツニッポンの独自の取材による記事で一審原告の名誉の毀損が問題となる部分は、「所轄が内偵」、「売人役をしていた可能性もあるとみていた」「末端吸飲者ではなさそうだ」といった表現部分であるが、これらの表現は、単なる事実の指摘というより、むしろ一審原告の大麻とのつながりが緊密であることの評価を含む表現であり、名誉毀損に当たる行為ではない。

四  一審被告デイリースポーツ

1 一審原告が大麻を所持し、使用していたことは、一審被告デイリースポーツの本件新聞記事が掲載された昭和六〇年当時、既に一審原告が自ら公表していたところである。したがって、大麻との関わり合いに関する限り、一審原告はその名誉権を放棄したものというべきであるから、一審原告の本訴請求は理由がない。

2 一審被告デイリースポーツの本件新聞記事には、一審原告の昭和五二年における大麻所持の事実を警視庁特捜本部が突き止めていたとは書かれていない。一審原告が昭和五六年ころ大麻を所持していた事実があることは、一審原告自身が認めているところであるから、本件配信記事は一審原告の名誉を毀損する内容ではない。

3 前記三3と同じ。

五  一審被告日刊スポーツ

1 一審原告が大麻を所持し、吸飲していたことは、一審原告が自ら公表しているところであるから、一審被告日刊スポーツの本件新聞記事によって一審原告が精神的損害を被ったとは認められない。

2 一審被告日刊スポーツの本件新聞記事が掲載される前、一審原告が大麻に関わっていたとの報道が既にされていたのであるから、本件新聞記事が掲載された当時の社会構成員としては、一審原告を大麻に深く関わった者として認識し、そのような社会的評価をしていたものである。したがって、一審原告の大麻の所持の時期が殴打事件で一審原告が逮捕された日よりも前である限り、経験則上、一般読者としては、殴打事件発生の四年以上前の大麻所持であろうと、一年前の大麻所持であろうと、一審原告の社会的評価に相違は来さない。また、殴打事件から四年も前の昭和五二年に大麻を所持していたとの報道内容は、一審原告の社会的評価を低下させるものではない。

3 前記三3と同じ。

第三  争点に対する判断

一  本件配信記事及び本件各新聞記事は一審原告の名誉を毀損する内容か

1 本件配信記事は、「甲野大麻草を自宅に隠す。元の妻が目撃証言」との見出しを付した上、警視庁特捜本部が、昭和六〇年九月一七日までに、殴打事件について殺人未遂容疑で逮捕された一審原告がかなり以前から女性と知り合うきっかけに大麻を使ったり、自宅に大麻を隠し持っていた事実を関係者証言などから突き止めたと断定し、右関係者証言として、A子と一審原告とが昭和五三年二月ころ別居状態になる直前、A子が台所の冷蔵庫を開けると、青色のビニール包みの中に両手いっぱいくらいの茶色の大麻草が隠してあったので、一審原告に問いただすと、一審原告は大麻草であることを認め、「これは高く売れるんだ。もし警察に見つかりそうになったらトイレの水と一緒に流せばいい。」と指示したとの一審原告の二番目の妻であるA子の具体的な供述内容を掲げ、さらに、右特捜本部が、いわゆるロス疑惑の一連の事件前後の一審原告の乱脈な生活ぶりを知る手掛かりとしてこうした供述を重視しているとか、一審原告が昭和五一年ころから毎年七ないし一一回、ハワイやロスへ渡航した事実をつかんでおり、一審原告が米国で大麻を手に入れた可能性があるものとみている旨の捜査機関の捜査方針や事件に対する認識を掲載しているものである。右配信記事の内容を一般読者の普通の注意と読み方を基準にして判断すれば、一審原告が昭和五二年末から昭和五三年初めにかけて自宅の冷蔵庫に法により所持、使用が禁止された多量の大麻草を隠し持っていたという一つの犯罪事実を指摘し、かつ、その後も一審原告が大麻の所持、使用に深く関わっていたこと、ひいては、犯罪者的悪性を有する者であることを読者に印象付ける内容のものであることは明らかであり、一審原告の社会的な評価を低下させ、その名誉を毀損するものであると認められる。

2 次に、本件各新聞記事は、本件配信記事をそのまま掲載したり(一審被告デイリースポーツ)、本件配信記事の順序を少し入れ替え、表現も若干変更した上で掲載している(一審被告スポーツニッポン、一審被告日刊スポーツ)ものであり、本件配信記事の内容と同趣旨のものであるから、本件配信記事と同様に、一審原告の社会的評価を低下させ、その名誉を毀損するものと認められる。

3 一審被告らは、一審原告が大麻を所持し、吸飲していたことは、一審原告自身が昭和六〇年に雑誌の中で執筆し、公表していたところであるから、一審原告は、大麻の所持・吸飲に関する名誉を放棄したものというべきであり、本件配信記事及び本件各新聞記事は一審原告の名誉を毀損していない(一審被告共同通信社、一審被告デイリースポーツ)、あるいは、一審原告の本件損害賠償請求は権利の濫用に当たる(一審被告スポーツニッポン)とか、一審原告が大麻を所持し、吸飲していた事実は、右雑誌執筆に加え、他の雑誌でも報道・公表され、一審原告の大麻との関わり合いに関する名誉は著しく低下していたから、本件配信記事及び本件各新聞記事は、新たに一審原告の名誉を低下させるものではない(一審被告共同通信社、一審被告日刊スポーツ)とか、殴打事件から四年も前の昭和五二年の時点における大麻所持の事実に関する報道は、一審原告の社会的評価を低下させない(一審被告日刊スポーツ)などと主張するところ、《証拠略》によれば、一審原告が大麻を所持し、使用していたことがあることは、既に昭和五九年に週刊文春やフォーカス等の週刊誌によって報道されていたものであり、本件配信記事及びこれに基づく本件各新聞記事は、その内容をなす事柄の性質の点からいえば、完全な新規性のある一審原告の不利益事実を公表したものではないこと、また、一審原告が大麻を所持し、吸飲していたことがあることは、一審原告自身が刑事公判廷で陳述しているところであることが認められる。しかしながら、本件配信記事及びこれに基づく本件各新聞記事は、特定の時期、場所における特定の態様の犯罪行為について、元妻の内容に具体性のある目撃供述を掲げて報じたものであり、しかも、警察がそれを事実として突き止めたとしているのであるから、一審原告の社会的評価の低下に結びつき、その名誉を毀損するものと認められる。右週刊誌による一審原告の大麻との関わり合いに関する報道や、一審原告による大麻所持、使用の自認の事実があるとしても、それらは、大麻の所持、使用の時期及び態様の点でA子の供述内容と異なるものや、捜査機関による事実の把握を前提としていない内容のものであるから、前記各雑誌の記事等によって、大麻との関わり合いや犯罪者的人格性に関する一審原告の社会的評価がこのうえ低下する余地のないまでに低下していたとか、一審原告がその名誉権を放棄したとかいうことはできないし、また、本件損害賠償請求が権利の濫用に当たるものということもできない。

一審被告共同通信社及び一審被告デイリースポーツは、本件配信記事及び一審被告デイリースポーツの本件新聞記事は、一審原告の昭和五二年における大麻所持の事実を警視庁特捜本部が突き止めたとは記載していない旨主張するが、《証拠略》によれば、右各記事にいう「関係者証言などから突き止めた」の「関係者証言」とはA子の証言のことであり、しかも、本件配信記事及びこれに基づく本件各新聞記事は、A子の供述内容を詳細に記載しているほかには、一審原告の自宅における大麻所持の事実を全く記載していないのであるから、特捜本部が関係者証言などから突き止めた一審原告の大麻所持の事実とは、A子が供述したという昭和五二年末から昭和五三年初めにかけての時期における一審原告の大麻所持の事実を指すことは明らかであるというべきであり、右一審原告らの主張は採用できない。

4 一審被告スポーツニッポンの独自取材記事部分について

一審被告スポーツニッポンは、本件配信記事に加えて、リード部分で、一審原告が単なる末端吸飲者でないとの情報もあり、警視庁特捜本部は入手ルートなど背後関係も追及するとの記事で、本文で、一審原告については疑惑発覚後、所轄が大麻取締法違反で内偵したことがあること、原宿のディスコに出回った大麻を追っているうちに一審原告が浮かんできたもので、所轄は元締めではないにせよ、売人役をしていた可能性もあるとみていたこと、少なくとも末端吸飲者ではなさそうであることを内容とする社会部記者の談話の記事をそれぞれ掲載している。

右記事部分(以下「独自取材記事部分」という。)もまた、一審原告の大麻との関わり合いについて、単なる大麻の使用にとどまらず、大麻の売人役をしていたとの新たな犯罪事実を記載し、しかも、捜査機関がその背後関係を含めて右事実を追及するとしているのであるから、それ自体において一審原告の名誉を毀損する内容であると認められる。

一審被告スポーツニッポンは、独自取材記事部分は評価を含む表現であり、名誉毀損とはならない旨主張するが、独自取材記事部分は社会部記者の談話のような形式をとってはいるが、論評を主眼とした記事ではなく、事実を指摘したものであると認められるから、右主張は採用できない。

二  事実の公共性、目的の公益性

本件配信記事及び本件各新聞記事は、一審原告に関わる大麻取締法違反という、本件各新聞記事の掲載当時、未だ公訴の提起されていない犯罪事実に関する記事であるから、その内容が公共の利害に関するものであり、その配信及び掲載は、専ら公益を図る目的に出たものと認められる。

三  本件配信記事及び本件各新聞記事の真実性

1 本件配信記事及び本件配信記事に基づく本件各新聞記事の真実性

本件配信記事の内容は、前記引用にかかる原判決「事実及び理由」の第二の一3に摘示されたとおりであるが、<1>A子が警視庁特捜本部に対して、「一審原告とA子が昭和五三年二月ころに別居状態になる直前、A子が、台所の冷蔵庫を開けて、青色のビニール包みの中に両手いっぱいくらいの茶色の大麻草が隠してあったことを発見し、これを一審原告に問いただすと、一審原告が大麻草であることを認め『これは高く売れるんだ。もし警察に見つかりそうになったらトイレの水と一緒に流せばいい。』と指示した」旨供述したこと(以下「A子の警察供述部分」という。)、<2>警視庁特捜本部がA子の右供述にかかる一審原告の大麻所持の事実及び一審原告がかなり以前から女性と知り合うきっかけに大麻を使用していた事実をA子の供述などから突き止め、一審原告の乱脈な生活ぶりを知る手掛かりとして重視していること、また、これらの大麻は、一審原告が米国で手に入れた可能性があるものとみていること(以下「捜査関係部分」という。)の二つの部分を柱として構成されていることが認められる。

ところで、本件配信記事は、一定の情報源からもたらされた情報を伝達するという形をとってはいるが、一審原告の大麻所持という事実があるとの印象を読者に与える点において一審原告の名誉を毀損するものであるから、これについての違法性阻却の一要件としての真実性の証明は、右情報源がその情報を発したかどうかではなく、大麻所持の事実そのものを対象としてなされるべきものである。

そこで、前記大麻所持の事実の真実性について検討すると、《証拠略》によれば、次の事実が認められる。

(一) 一審被告共同通信社は、殴打事件及び銃撃事件(昭和五六年一一月、当時一審原告の妻であった花子がロスで銃撃され、後に死亡した事件)に関して週刊文春が「疑惑の銃弾」と題する特集記事の連載を開始したのを契機として、昭和五九年一月ころから右各事件や一審原告に関するその他の事件についての取材を開始した。右取材は、一審原告の捜査を担当していた警視庁捜査一課担当の記者三名と警視庁担当キャップ、社会部の遊軍デスク及び遊軍記者四、五名に、警察署担当記者数名が当たるという体制によるものであった。

(二) 本件配信記事のうちのA子の警察供述部分は、一審被告共同通信社社会部の記者で、一審原告が当時居住していた杉並区内を管轄する警察署等を担当していた小山鉄郎(以下「小山記者」という。)がA子に二度面接して取材したものである。小山記者は、昭和五九年一月二八日、一審原告と離婚後再婚していたA子とA子の自宅で面会した。その席においては、まず再婚後のA子の夫が、A子から聞いた話として、一審原告が自宅の冷蔵庫に大麻を入れて所持していて、A子に対して「これは高く売れる。」とか、「もし警察が来たら大麻はトイレで流すように。」と指示していた旨を語った。小山記者は、一時間ほどしてA子の夫が席をはずした後、A子から約一時間ほどかけて夫の発言内容を一つ一つ確認した。さらに、小山記者は、A子本人から一対一の形でより具体的な話を聞くこととし、同年二月一八日、A子と面会した。A子は、自宅の冷蔵庫の中の上段の方に青色のビニール袋に包まれた茶色の葉の茎みたいなものが置かれており、一審原告が大麻だと言っていたこと、一審原告がさらに「見つかるといけないものだ。友達が見つかりそうになったとき、トイレで流してしまって分からなかったから、警察に見つかりそうになったらトイレで流すんだよ。その大麻は友達(の誰とか)に渡すんだ。」と言っていたこと、大麻が冷蔵庫の中にあったのは二、三日間であり、その時期は一審原告と別居状態になった昭和五三年二月ころの少し前であると思うなどと小山記者に語った。そして、A子は小山記者に対し、既に警視庁にいて事情聴取を受け、右内容と同旨の供述をしたと語った。

(三) 小山記者から右A子の供述内容の報告を受けた一審被告共同通信社警視庁担当キャップの野中憲は、同社の警視庁捜査一課担当の備前記者に対し、警視庁特捜本部の関係者に取材し、A子の小山記者に対する前記供述の裏付けを取るように指示した。そして、野中は、備前記者から、右指示の当日か翌日に警視庁の警視正クラスの捜査責任者及びその下の捜査員に確認した結果、A子が小山記者に話した内容と警視庁が昭和五九年一月下旬ころ二度にわたりA子から参考人として事情聴取して得た内容が、「いずれも大麻草についての部分はほとんど同様である」との報告を受けた。

(四) 一審被告共同通信社社会部は、逮捕される前の一審原告に対し、取材チームの取材の結果出て来た疑問点についての取材を申し入れたが、一審原告から断られ、逮捕後は接見禁止処分のために一審原告から話を聞くことはできなかった。

右認定事実によれば、本件配信記事のうち、A子が警視庁特捜本部に対してA子の警察供述部分のとおりの供述をしたこと自体は、真実であると認められる。しかしながら、本件配信記事のうち、捜査関係部分については、警視庁特捜本部がこれに沿う公式発表をしたことはなく、本件各証拠によっても、前記認定事実以上に、備前記者が具体的に警視庁特捜本部の関係者に面会し、その者から捜査関係部分のような断定的な内容の情報を得たことを認めることはできない。そして、A子の実名は明らかでなく、また、その供述にある冷蔵庫内の物件が大麻草であったかどうかについても疑問が残るから、前記認定事実に、前記のような一審原告と大麻との関わり合いをも併せ考えても、これによって本件配信記事にある一審原告の大麻所持の事実が証明されたものということはできず、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。結局、本件配信記事については、真実性の証明がないというべきである。

2 独自取材記事部分の真実性

《証拠略》によれば、独自取材記事部分は、スポーツ紙以外の一般紙又は放送局の社会部記者が取材してきたことに、ほかの記者が取材した結果を一審被告スポーツニッポンにおいてまとめたものであることが認められるが、右各証拠によるも、その記者の名前や所属、取材方法等は明らかでなく、右記者が警察の裏付けを取ったかどうかも聞いていないというものであるから、右各証拠によっては独自取材記事部分が真実であるとは認められず、他に独自取材記事部分の真実性を証するに足る的確な証拠はない(なお、一審原告の供述中には、マリファナを国外で一回売ったことを認める部分があるが、買った金額で売ったというものに過ぎないから、独自取材記事部分の真実性の証左ということはできない。)。

四  本件配信記事及び本件各新聞記事が真実と信ずるに足る相当性の有無

1 本件配信記事について

まず、一審被告共同通信社において、一審原告の大麻所持が真実であると信ずるに足る相当な理由があったか否かについて検討する。

本件配信記事の実質的内容をなす一審原告の大麻所持の事実については、前記認定のとおり一審被告共同通信社において直接A子に取材してその警察に対してした供述の内容を確認したものである。しかしながら、犯罪事実を報道する場合において、報道者が報道した事実を真実と信ずるについて相当の理由を有したかどうかを判断するにあたっては、報道される事柄の性質上、報道が捜査機関の判断に依拠してなされたものであるかどうかが重要な意味をもつものというべきであり、殊に、本件配信記事のように、犯罪事実の報道に加えて、これに対する捜査機関の判断をも報道し、これによって犯罪報道の確実性を印象づけようとする記事においては、そのような報道をする際の報道者の責任という観点からいっても、当該捜査機関の判断を報ずる部分の真実性が特に重視されるべきものと解される。ところが、前記三1のとおり、本件配信記事の捜査関係部分は警察の公式発表によるものではなく、かつ、野中証言によっても、備前記者がいかなる捜査上の立場の者に対してどのような取材をして得た情報によるものか明らかでないから、その真実性は証明されているとはいえない。そうすると、一審原告の大麻所持の事実につき、一審被告共同通信社において、これを真実と信ずるに足る相当の理由があったものということはできない。

2 本件配信記事に基づく本件各新聞記事について

《証拠略》によれば、次の事実が認められる。

(一) 一審被告共同通信社は、昭和二〇年に設立され、平成五年九月現在、地方紙、NHK、スポーツ各紙など全国で六二社が加盟しているほか、契約社として朝日、毎日、読売の各新聞社や民間放送局がある。東京に本社、札幌、仙台、名古屋、大阪、福岡に支社、各府県庁所在地など四八都市に支局を設置しているほか、海外三八都市にも支局を設け、日本国内及び海外で起きたニュースを取材、編集して各加盟社に提供する一方、日本の動きを海外の報道機関に伝える業務を行っていて、本社には政治、経済、社会、外信、文化、写真等の部があり、国会、中央官庁、経済団体、裁判所等に設けられた記者クラブを拠点に取材活動を行っている。

(二) 一審被告共同通信社は、その加盟報道機関との間で、次のような配信記事に関する契約書を締結している。すなわち、<1>一審被告共同通信社は加盟報道機関に対し、一審被告共同通信社の定める方法により内外ニュース及び内外写真ニュース(以下「ニュース」という。)を提供する。<2>加盟報道機関は、一審被告共同通信社から提供を受けたニュースをその発行する新聞紙面に掲載するに当たり、新聞紙面への掲載以外、他の目的に使用せず、かつ、一審被告共同通信社が提供するニュースの内容をゆがめたり故意に主観を交えたり、あるいはニュースをわい曲して編集するなど一切行わない、<3>加盟報道機関は、原則としてニュースごとに一審被告共同通信社の配信記事であることを明記する。

(三) 一審被告新聞社らは、いずれも警視庁記者クラブに所属していないため、警察当局の情報については、警視庁記者クラブに所属している一審被告共同通信社と契約し、同社から配信された記事を原則としてそのままその新聞紙に掲載することによって報道をしている。そして、一審被告新聞社らが配信記事について裏付け取材をしない理由は、配信記事自体の信頼性、一審被告新聞社らが裏付け取材をするだけの人的能力に乏しいことのほか、裏付け取材が必要となると、配信記事の取材源に配信を受けた各社からの取材が殺到して、取材源に迷惑をかけたり、配信を受けた各社と一審被告共同通信社との信頼関係、ひいては一審被告共同通信社と取材源との信頼関係が破壊されることなどにある。

(四) いわゆるロス疑惑については、昭和五九年一月以降、一審被告共同通信社が捜査当局や関係者に対して精力的な取材活動をし、多くの記事を配信していたことから、一審被告新聞社らは、本件配信記事も捜査当局に取材した結果得た情報によるものであると受け止めていた。

右事実によれば、一審被告共同通信社は多数の報道機関の加盟するわが国の代表的な通信社であり、人的物的に取材体制も整備され、その配信記事の信頼性は高く評価され、その内容の正確性については一審被告共同通信社がもっぱら責任を負い、加盟報道機関は裏付け取材を要しないものとする前提の下に報道体制が組み立てられているものであるところ、このような報道体制には相当の合理性が認められるのであるから、一般的にいって、一審被告共同通信社からの配信記事について、一審被告新聞社らが真実であると信頼することについては、相当な理由があるものということができる。そして、本件においては、一審被告共同通信社はロス疑惑について精力的な取材活動を行い、多くの記事を配信していたものであり、本件配信記事が出る前にも一審原告と大麻との関係については、数多くの報道がされており、警察も関心をもって捜査に当たっていて、本件配信記事の内容を真実と信ずることを妨げるような特段の状況があったとは認められないから、一審被告新聞社らが本件配信記事が真実であると信頼したことは合理的であるということができる。

そうすると、一審原告の大麻所持の事実を断定的に表現する見出し部分を含め、本件各新聞記事のうち、本件配信記事に基づく部分については、一審被告新聞社らにおいてそれが真実であると信じたことについて相当な理由があるものというべきである。

3 独自取材記事について

独自取材記事部分については、前記三2のとおり、取材した記者の所属、氏名及びその取材方法は何ら明らかでないから、一審被告スポーツニッポンにおいて、これを真実と信ずるに足る相当な理由があったものとは認められない。

五  一審被告らの責任

1 一審被告スポーツニッポンは、一審原告の名誉を毀損する内容の独自取材記事部分を含む本件新聞記事を掲載した新聞を発行し、これを不特定、多数の読者に頒布したものであるから、民法七〇九条に基づき、一審原告に対し、不法行為責任を負う。

2 一審被告共同通信社は、一審被告新聞社らに新聞記事作成のために利用させることを目的として、一審原告の名誉を毀損する内容を含む本件配信記事を一審被告新聞社らに配信し、その結果本件各新聞記事が掲載された新聞が発行されたのであるから、民法七〇九条に基づき、一審原告に対し、不法行為責任を負う。そして、一審被告スポーツニッポンの新聞記事に関して成立する同被告と一審被告共同通信社との不法行為は、右新聞記事の中の別個の部分にその基礎を置くとはいえ、右各部分の内容は相互に密接に関連しているから、両者は共同不法行為の関係に立つものというべきである。

六  損害額

一審原告が大麻との関わり合いを有していたことは一審原告自身が認めていること、本件各新聞記事掲載の当時、既に右関わり合いが報道されていて一審原告の大麻に関する面での社会的評価は相当に低下していたことなどを考慮すると、本件名誉毀損によって一審原告が受けた精神的損害を慰謝すべき賠償金の額としては、一審被告共同通信社については本件各新聞記事の原因となった本件配信記事に関して三〇万円(内一〇万円については一審被告スポーツニッポンと不真正連帯)、一審被告スポーツニッポンについてはその独自取材記事に関して一〇万円をもって相当とする。

第四  よって、原判決中、一審被告デイリースポーツ及び一審被告日刊スポーツに対する各請求を認容した部分は失当であるから、一審被告デイリースポーツ及び一審被告日刊スポーツの控訴に基づき、右一審被告両社に関する部分を取り消して右各請求を棄却し、原判決中その余の部分は相当であるから、一審原告、一審被告スポーツニッポン及び一審被告共同通信社の本件各控訴をいずれも棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 加茂紀久男 裁判官 鬼頭季郎 裁判官 柴田寛之)

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